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第21回 味わい深い異形の薬師如来と仏像群 ~ 満願寺(川西)

2012年12月8日(土)cloud

10,11,12月と連続しての開催となったほっとけハイク。今回は忘年会を兼ねるということで、Hさんが続けて計画を立ててくださった。
行先は兵庫県川西市と伊丹市。川西市の満願寺と栄根寺を訪問予定だったが、栄根寺の薬師堂は阪神淡路大震災で倒壊してしまい、納められていた薬師如来像は現在、個人の方が強い意志で守っていらっしゃるとのことで拝観はできない(Hさんが川西市に問い合わせたことによる)。

今回のもう一つの楽しみは忘年会。隠れ家的な中華料理店「ロン・シータン」でごちそうをいただく。今回の参加者はAさん、Fさん、Hさん、Nさんと私の5人。忘年会からOさんとSさんが久しぶりに参加で全員そろうのだった。

阪急山本駅改札に9:30集合
皆そろったので9:28に出発する。住宅街の中を歩く。

白いきれいな花が咲いていた。
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更に歩くと分かれ道がある。同じくハイキングをしている2人連れの方も迷っているようす。

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この道は「平井山荘」方面に曲がらず、まっすぐ歩くと地元の人に教えてもらった。

Nさんが事前にネットで下の「くろべえ」さんのブログを見て、「岩場を登るようなハイキングかもしれませんよ」とのこと。

http://mountain-kurobee.cocolog-nifty.com/blog/2011/06/post-560f.html

私は今回忘年会主体だと思っていたので気楽な格好をしてきてしまったので焦る。確かに、山の中に分け入ることとなった。

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しばらく歩くと左手に朱塗りの橋に「宝教寺」と書かれていた。このお寺については家に帰ってからどういうお寺かわかった。それはまた後で書くことにする。

20121208510:00 最明寺滝着

one最明寺滝

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ここで目についたのは、滝を囲む石柱の寄進者の名前が朝鮮系であること。

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そして、奥まったところに祀られている不動明王等の石仏のところにある注意書きはハングルだった。

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更にお地蔵様のよだれかけも朝鮮半島の民族衣装の色合いだった。
密教系の寺は朝鮮の信者に支えられているところも多いとHさんの話。

家に帰ってネットで調べたところ、

「在日韓国・朝鮮人のシャマニズムとその継承」という報告書が見つかった。
http://www.isc.senshu-u.ac.jp/~thb0309/IbunkaRikai/Hokyoji.pdf

李小善さん(1904-1984)という方が滝に参詣している間に神の声を受けることができるようになったという。それが正確に当たり、多くの信者を集め、寺が建設されたのだ。それが先ほど見た朱塗りの橋の宝教寺である。

李さんが亡くなった後は日本人の女性がその祭神を祀っているそうである。滝の近くにビニールテントのようなものがあり、その中に女性が2人いらした。滝とお寺を守っている方たちかもしれない。

大阪の生駒も朝鮮寺が多いことで有名だが、ここ宝教寺、最明寺滝は生駒と地形が似ているという。

さて、来た道を引き返して更に山道を歩くと迷いそうな分岐が。みんな迷う場所だからか看板に落書きのような案内があった。

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この案内に従って満願寺への道を進んだ。

途中で落ち葉が敷き詰められた別荘が。中には入れないので門の外からのぞく。ここになぜこんなお屋敷が・・と不思議に思う。別荘を後にしばらく歩くと「車通行禁止」の柵があり、そこに「井植山荘」の文字が。「井植」とは三洋電機創業者では・・と思って、家に帰って調べるとやはり井植歳男氏が買い取って名付けた山荘だったのだ。

10:20 コンクリートの道に出た。電信柱に「川西市満願寺町」の地名があった。

10:30 満願寺着

two満願寺

http://www.manganzi.jp/

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瓦屋根を載せた中国風?の山門に我々は驚く。確かにそこに納められているのは仁王なのだけれど。後で聞いた話では明治14年に建造された「洋風」のものらしい。

2012120813_4境内整備のための入山料100円+金堂内拝観料として300円を納めた。

受付の作務衣姿の男の方が「金堂内の説明をしましょうか?」とおっしゃってくださった。喜んでお願いする。

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こちらが金堂である。この金堂の中でお話をしてくださった。

1300年ほど前、勝道上人という方が全国あちこちに「満願寺」を建てた。ここはその一つであり、千手観音を本尊とする。この千手観音(http://www.manganzi.jp/main_navi3.html)は秘仏で観音堂に祀られている。春のお彼岸の前後1週間だけ公開されるのだ。

さて、ここは源氏ゆかりのお寺だという。清和天皇のひ孫、源満仲が多田に屋敷を構えた。そこは現在、多田神社(http://www.tadajinjya.or.jp/top.html)となっている。
そして、そこから歩いて1時間たらずのここ満願寺は、源氏一門の祈願所となった。

更に源氏の流れをひく室町時代の将軍、足利家の祈願所にもなって栄えたそうだ。

さて、このお寺は坂田金時の墓がある。

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いわずとしれた金太郎さんだが、なぜ金太郎さんのお墓がここに?というのが今回のHさんの疑問の一つ。金太郎さんは足柄山、つまり栃木にいただろうに。

説明してくだる方によると、坂田金時は清和源氏の祖、源満仲の息子、源頼光と関東で出会って家来になったそうだ。だから、ということなのだけれど、いや、でもなぜ?
説明する方も「なぜ?って思いますよね・・・。そう、説明しているほうも「だから、なぜ?」なんです。」とのこと。なんにしても、お墓があることで、「金太郎飴」や手ぬぐいなど金太郎グッズがお土産で売られているのだ。

「あの、龍の天井画は?」とHさん。狩野義信による天井画「睨み龍」があるという。妙心寺(第14回)、天龍寺(第19回)と最近龍の天井画にも興味がある我々。
「あれは観音堂の天井画なので、やはりお彼岸の1週間だけご開帳なんですよ」とお寺の方。ご本尊だけでなかったのだ!「ごめんねえ」とメンバーに謝るHさん。とても残念そうだった。

ひととおり、ご説明いただいた後、金堂の中の仏像を拝見させていただいた。

真中にきらびやかな内陣があり、そこに本尊である阿弥陀如来像が小さな厨子の中に祀られている。

が、ここでの注目は、『芸術新潮』42巻1号(1991.1)において、「”美男におわす”とはいえないが、この存在感!」と書かれた薬師如来坐像である。向かって左奥に座っていらした。

薬師如来坐像

耳が大きく、「へ」の字に曲げられた唇も大きく・・迫力はあるもののどことなく愛嬌もある薬師如来像である。正面から見た姿と側面から見た姿はまたずいぶん違う。

『芸術新潮』p66-67ではこのようにかかれている。「確かに神々しさには欠けるが、これほど身近な雰囲気をもつ仏は滅多にないだろう。人気のない本堂よりは、こたつのある部屋にでも置いた方が、この仏には似つかわしくさえ思える」

こたつのある部屋!確かに親しみ深い仏像である。存在感がありすぎてこたつのある部屋に二人だと気押されそうな気もするが・・・。

そして、薬師如来と同じ側に聖観音菩薩立像があり、内陣を挟んで反対側に十一面観音像、弘法大師像がある(写真はhttp://www.manganzi.jp/main_navi3.html))

聖観音菩薩像

平安初期の作品だという。色が残っている。また胸のひだがとてもきれい。冠もきれい。女性らしく美しい。Hさんも「少し地方的な感じがする。でもとてもいい」とおっしゃっていた。

十一面観音像

Nさんの言葉を借りると「あしながさん」。とてもスタイルがいいのだ。Hさんのメモによると兵庫県楊柳寺の観音像がよく似ているとのこと。この仏像も「地方」のにおいを感じる。

弘法大師像

若々しい。その印象はどこから来るかというと眼がきびしいからか。また、口元も下くちびるをかんでいるようである。

独鈷を持っている手が逆手?。みんなでその手のまねをしてみるが、よっぽど手首がやわらかくないと無理だーという結論になってしまった。

四天王像

厨子におさめられた阿弥陀如来坐像は新しいが、周りをとりかこむ四天王像は小ぶりながら黒ずんでいて重々しい。

多門   増長

広目   持国

増長天のお腹(ベルト?)には邪鬼が、持国天のお腹にはリボン(?)。それぞれに工夫されていておもしろかった。

さて、金堂を出て毘沙門堂へ。

毘沙門天立像

源満仲作と伝えられている。Hさんいわく「武将が彫ると思えないので伝承でしょう。よーく観察してください」とのこと。ずんぐりとしている。少し腰をひねっているが、どことなくしんどそうな体勢である。「本堂の多聞天(毘沙門天)のほうがいいかも・・」との声も。本堂の多聞天は小さいのだが、確かにこの毘沙門天像よりは洗練されている。逆に毘沙門堂のほうが味わい深いという見方もある。

勝道上人像

勝道上人は奈良時代の人で主に東国での布教に力をいれ、日光もこの人が開いたそうだ。そしてこの満願寺を開いた人。その像はやさしい顔立ちをしている。

帝釈天像

横一文字に結ばれた口、きびしい顔立ちである。

地蔵菩薩立像

背丈が小さくて、体型も子どものようでかわいらしい。

いろいろ拝見して表に出ると、表には国の重要文化財である石造りの九重塔がある。

2012120816これは足利尊氏の叔母さんである妙阿が両親の菩提を弔うために建てたものだそうだ。

更に奥には「三廟:藤原仲光 美女丸 幸寿丸」という立て札がある。

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「ご説明しましょうか?」と先ほどのお寺の方。

源氏の棟梁、源満仲の息子美女丸は素行が悪く、寺に預けられるが、それでも怠けてばかりなので、満仲は怒って、家来の藤原仲光に美女丸の首をはねるよう命令した。
ところが、仲光は主君の息子を殺すことができず、自分の息子幸寿丸を殺し、首を差し出したのだそうだ。後にそのことを知った幸寿丸は反省して、立派な僧になったという。(詳しくは、http://www.manganzi.jp/sub_navi1.html

主君の命に背けない父を思い首をさしだした幸寿丸の親思いの美談なのだが、それにしても息子を殺すというのは理解しがたい。ほっとけハイクメンバーからも「ちょっとそれはね」という意見続出だった。

それにしてもこのお寺の方は親切だった。「私は住職ではありませんから」と謙虚ながらとても丁寧にお話してくださった。ご朱印もこの方が書いてくださったのだが、とてもきれいな字だし、お人柄にも惹かれたので、新しいご朱印帖の表紙も書いていただいた。「いいんですか?」とまたも謙虚におっしゃられたが、書いてくださった。更に気分よくなった私は絵ハガキ(300円)、図録(500円)まで購入してしまった。図録の内容はホームページにほとんど書かれていたが・・・。

境内にある「金時茶屋」で一服する予定だったが

2012120818なんと、この日に限って「臨時休業」だった。普段なら土日開店なのだが。

11:55 満願寺を後にする。

住宅街を抜けて坂を下り、12:25 JR川西池田駅着。

JRで川西池田駅から伊丹駅へ。なかなか電車が出発しないと思ったら架線に飛来物がひっかかったとのこと。12:50JR伊丹駅着。

忘年会会場の予約は14時。早めることはできないので時間つぶしをすることに。

駅から5分のところにあるパティスリーラクロア(http://lacroix.jp/)で、お土産のケーキを買う。

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このお店のつくりもそうだが、伊丹の駅前は蔵作りの店が多い。

「白雪」で有名な小西酒造のお店もあった。
また、駅前通りの上のほうに味わい深いキャッチフレーズ(?)も書いてある。

2012120819_2まさにこのキャッチフレーズどおり「ひゅうひゅうと」北風がふきつけ、13:30に阪急伊丹駅にたどりついたときは、体が芯まで冷え切ってた。

忘年会は14時から。お店に入りたくて電話をしてみると、来ていいとのこと。助かった! そしてこのあとロン・シータンに向かったのだった。(→つづく

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